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2024-09-11 19:38:00

■行政書士として提供できることとは?

 出不精の村瀬。開業して数年に比べると、なかなか大きな経営者交流会とか勉強会とかには参加できていなかったのだが、色々事務所のこれからについて考えていた折、都内の勉強会&交流会に参加した。

 テーブルワークがあったので、出されたお題について考え、同じテーブルのメンバーで披露しあうという形式で緊張感MAXだったのだが、頑張って考えてみた。

 出されたお題のなかに、「お客様があなたにもっとも求めている価値とはなにか?」というものがあり、このような考えだすと答えになかなかたどり着けない禅問答のようなお題を、改めて記録しておきたい。

 僕たちがお客様に提供できる価値、すべき価値は、一言でいえば、「不安・恐怖心からの解放」 ではないだろうか。

 

 ・・・開業13年目(令和6年現在)にして、浅い解答だなと思われたかもしれない。しかし、やはり、何度考えてもそれ以外にない。

 

 ちなみに、開業した当初はもう少し現実的な解答だった。「あなたが提供できる価値は?」と問われた際、「入管業務である」、「許認可申請を正確かつスピーディに対応する」と、交流会のスピーチで答えたのを覚えている。

 これまで僕が見てきた行政書士の依頼者(お客様)の多くは、「許認可事務が負担だから」、「他事務所よりも安いから」という理由で出会った方々はほとんどいない。もちろん、自分で事務を試みたものの、「許認可がこんなに大変とは思わなかった」という方々はいる。

 どちらかというと、

 

・この許可が取得できないと事業が始められない。

・不許可になると外国人従業員が働けなくなる。

・行政機関から処分通知がきて、マジで怖い。

・管理がおぼつかなくて、許可が取り消されかけた。

 

といった、いわば不安や恐怖心から、多くはご紹介や、たまにYouTube動画やブログをきっかけにご連絡いただくことがほとんどである。そうでなければ、「なるべく安くしたい」、「行政書士に頼まなくても自分でできる」といった具合になるだろう。

 ちなみに、僕の事務所では、総務部や法務部といった許認可事務を任せられる部門の方々に対しては、「行政書士に依頼しなくとも、許認可事務を内製化するための企業内研修講師」だとか「メール回答サービス」、「許認可管理契約」なども取り扱っている。

 そんなことしたら、依頼なくなるじゃんと言われることもあるが、今日び、「AI導入」の指導を従業員がやる時代だ(その従業員は、自分の仕事はAIに代わるにもかかわらず、自らAIを浸透させていることになる)。そこから考えれば、許認可管理の手法を内製化するなど、取るに足らない。

 結局、許認可がどういうものかわからない、慣れていない、その不確実性こそが、不安や恐怖心の正体である。ましてや、ある程度の規模になればなるほど、社の許認可については不安が大きいように感じる。

 つまり、許認可がとれなければ社として事業ができないというリスクもさることながら、その許認可を担当した方が、社での席を失いかねないリスク、つまり不安や恐怖心を背負っている。

 僕たち行政書士が行うサービスの正体は、不透明な中で許認可を行わなければならず、失敗すると事業ができないとか、社内で責任を負わされるとか、そのような不安や恐怖心を消すことにある。

 どの専門分野を扱うのか、正確な知識や経験はあるのか、スピーディに提供できるのか、などは、不安や恐怖心を解消するための手段であり、小前提。

 それが開業13年目の今の自分の答えである。

 だから、僕の事務所は、誰が担当しても、依頼者全員の不安や恐怖心を解消できなければならないし、そのようなチームづくり、仕組み化をしていかなければならない。

 

 なお、参加した経営者勉強会&交流会は、「そのためにどうするのか?」が本題であった。頭の中にある自分の解答と、勉強会や交流会で得た情報を照合した結果、おおむね近い答えが出ていた。

 したがって、あとはメンバー全員が、同じ方向に向かって、「ガンガンいこうぜ」、たまに、「おれにまかせろ」くらいの気持ちで、やるか、やらないか、である。

 

2024-09-05 14:25:00

■ 士業として生きていく覚悟ができた瞬間とは。

 「いつから、行政書士(士業)として生きていく覚悟ができましたか?」

 

 先日、当事務所で補助者をしてくれている青年から仕事中の雑談で問われたので少し書いてみたいと思う。

 

 青年はまだ若干25歳だ。僕はというと、早くも40歳(執筆現在)であるから、27歳で開業したときからすでに13年近く経っていることになる。25歳といえば、僕は行政書士試験に合格してまもなく、大学生時代から勤務していた司法書士業界を離れ、都内の行政書士法人で初めて許認可実務の仕事をしていた頃であるが、右も左もわからない、たとえば建設業許可の人的要件の1つ「経営業務の管理責任者」の経験確認資料について、チェックするだけで目が回っていた時期だ。

 当時は、「許認可の仕事って、ものすごい紙を使うし、地味で細かい仕事だな。」と思った。膨大な書類に囲まれ、キャリーバックで役所に運び、面前で審査をされてドキドキそわそわする。申請が受理されるまで帰ってくるなくらいの勢いだったから、1回1回が試合のような気持ちだった。決して細かいことに気を配れる性格ではなかったから、仕事で何度も失敗し先輩に迷惑をかけるなかで、やはり、「行政書士ではやっていけないのではないか?」と考えることも少なくなかった。

 当然、将来のことなどわからなかった。このままずっと仕事をしていて、生活していけるんだろうか。福利厚生の充実した企業に就職した方が良かったのだろうか。結婚とか子供とか家とかいつかは考えるんだろうか。そもそも開業するのだろうか?開業したとして、食っていけるんだろうか。やはり他にも資格を取得した方がいいのではないか?結局、「仕事は楽しいけど、なんか不安」という漠然とした毎日を過ごした。

 それから数年たったある朝、所長に呼ばれた。

 「村瀬くん、実は今月で行政書士部門を閉鎖しようと思う。今後は、司法書士部門のマンション登記担当として働いてくれ。」

 当時はリーマンショックの影響で、司法書士業界では選択と集中という言葉が飛び交っていた。その流れで当時勤めていた事務所も様々な体制変更を強いられていた。27歳の自分にとっては、また無資格の状態で補助者になることは不安が大きかった。それよりも、せっかく取得した資格を使ってこのまま仕事をしたいと思った。ただ、1つ問題があった。それは、あと5ヶ月もすれば、自分に第一子が生まれてくるというタイミングだったからだ。それでも、気づいたら次の言葉を発していた。

 「今後のことを考えて、僕は行政書士の仕事を続けたいと思います。なので、今月末で退社します。」

 誰に相談するでもなく、あと5ヶ月で第一子が生まれてくるタイミングで事務所を辞め、行政書士で開業しようかなと言うものだから、親戚含め、周囲の誰もが大反対した(今考えても当たり前である)。27歳の小僧が、いきなり行政書士法人・司法書士法人を辞め、行政書士で開業するというのだから。ただ、当時の自分からすれば、27歳でまた転職活動をするよりも、生まれてくる子のためには早い段階で動くべきだと直感的に感じていたから、もう引き下がることはしなかった。

 開業してからも、熾烈を極めた。思ったように営業ができない、思ったような申請書類一式ができない、思ったようなサービスを提供できない。時には、深夜3時4時まで資料を読み漁り、1人で悩むことも少なくなかった。人間、お金や睡眠時間が減りすぎるとちょっとメンタルが弱くなる。ちょうど開業して半年くらい経った頃、深夜1人で家に帰りながら、やはり開業には向いていない性格なのかもしれないな、開業なんてのは限られたエリートだけがうまくいく選択なんだろうな、と思っていた。家に着くころには、「よし、このまま細々とギリギリの生活、開業者としての活動を続けるのは辞めよう。もう、疲れた。」と考えていた。

 深夜の自宅は真っ暗で、朝にも別の生き方をすることを宣言しようとしていたのだか、電気をつけるとちょうどそこに、ベビーベッドに寝ている第一子(長男)の姿があった。小さい赤子の寝顔をまじまじと見ながら、「あぁ、こいつは俺がちゃんとしないと、生きていけないよなぁ」と実感したものである。青年に聞かれた「いつから覚悟ができましたか?」に強いて答えるならば、この瞬間かもしれない。

 つまり、それまでは「自分のために仕事をする」という考え方だったのだか、その瞬間から、「この子のために頑張る」という意識に変わった。また、それまでは「許認可の仕事をする」、「書類をつくる」、「役所と折衝する」、それが仕事だと思っていたが、もっとも重要な仕事は、「依頼者の方のために動くこと」だと意識づけが変わった。だから、この考え方には賛否あるかもしれないけれども、45,000人(当時)いる行政書士の中から、自分を選んでくれた依頼者のために、全てを尽くす、全力で応える、応えられる事務所でありたい、と思うようになった。

 自分の場合は、自分自身のためならそこそこ頑張れるが、他人のためならもっと頑張ろうとする、という性格にも気づいた(つまりは、自分に甘いということでもあるかもしれないが)。

 

 20代の青年も、今は悩むかもしれない。むしろ、悩みに悩んだ方がいいかもしれない。とことん考えるのが重要な時期は間違いなくある。漠然とした不確定要素があると、常に不安がつきまとうものである。ただ、案外やってみると、やり続けていくと、そのうち全体感がみえてきて、いろんな正体がみえてきて、楽しさや充実が勝るタイミングがやってくる。そのタイミングは、決して運などではなく、自分たちでひきつけるものだと考えている。もう少し具体的にいえば、自分などを頼ってくれる人たちが増えてくる。そういう人たちのために、どんなボールでも打ち返せるだけの許認可実務に関する知識・経験を、絶対的な武器を身につけることができるかどうか。

 「もう辞めよう」という選択肢をいったん捨てて、とことんこだわって仕事してみる。スキャンが少しでもズレたら気持ち悪い!と思うくらい、機微にこだわる。そういう一生懸命な仕事ができる面々が集まった環境なら、いつかそのうち、必ずタイミングはやってくる。

 40歳にもなると、話が長くなっていかん。今日もまた1日を精一杯生きよう。

 

 

 

2022-09-01 01:25:00

■ 「まるっとサポート」

まるさぽ.jpg

 

 

 僕のブログの「■ 許認可実務」のカテゴリーの最初の記事が、なぜかこれなんですが、まぁいいか。

 

 昨年(2021年)、エフイヴちゃんねるでかなり多くの皆様に観ていただいた(らしい)「社会保険労務士試験チャレンジ動画」。ここで、行政書士実務をこなしながら、見事、社会保険労務士試験に合格した当事務所のパートナー行政書士、藤本知子行政書士が、ホームページを完成させた模様です(2022年9月1日付公開)。

 

>> 行政書士 社会保険労務士ヒナコト総合事務所(公式ホームページ)

 

 ・・・なんかえらくカッコいいサイトですね。

 

 彼女の士業人生は、2015年に僕の事務所での補助者から始まり、行政書士登録を経て、かれこれ8年目に突入するわけなんですが、気づいたら行政書士・社会保険労務士として医療法人(歯科系)の専門家になっています。これまで「ヒナコト法務事務所」だったのが、社会保険労務士登録を機に、「ヒナコト総合事務所」になっています。事務所の仲間が、どんどん飛躍していく姿は、頼もしいし、しみじみしますね。

 

 「まるっとサポート」

 

 というキーワードが目にとまります。このワード、なんてことない感じがするかもしれませんが、複雑な許認可要件と膨大な資料に対峙する許認可実務に携わっていると、依頼者にとって「すべてを丸々とサポートしてくれる」ことがどれだけ価値あることか、そして、それを実現することがいかに高度な知識・技量を要するか知っています。

 

 法令知識、段取り能力、書類内容に対する迅速な判断能力、行政庁との折衝能力・・。僕の事務所でも、「まるっとサポート」的な何かを考えようかな。

 

 何はともあれ、藤本行政書士、ホームページ開設および社会保険労務士登録、おめでとうございます。

 

 

 

 

~ 後 記 ~

 

 時に、「(村瀬は)昨年に続き、今年も社会保険労務士試験受けたんですか?」と聞かれることがあるのですが・・僕は、昨年2021年の動画での受験をもって、社会保険労務士試験どころか、「国家資格(士業系)の受験の世界」自体から「完全引退」しました。今後、僕が「〇〇士」の試験を受験することはないでしょうし、資格試験の世界に足を踏み入れることはないでしょう(※自分の技量を高める英語検定とか趣味の歴史検定とかそういうのは別です)。

 

 入管法実務に一層邁進すること、また、自分自身やりたいことが明確になったことなど、理由は様々ですが、パートナーに社会保険労務士がいるんだからもう僕が何をしなくてもいいでしょう(笑)。頼れる人たちが周りにいる限り、僕は僕のやりたいことに集中する予定です。

 

 

(※2022年9月1日)

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